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アイテム
プラトンと徳論の罠
http://hdl.handle.net/2298/16432
http://hdl.handle.net/2298/164323f4fd2ae-a7b9-4286-a469-3c2444cef8c9
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||||
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| 公開日 | 2010-10-20 | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | プラトンと徳論の罠 | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | プラトン ト トクロン ノ ワナ | |||||||||||
| 言語 | ja-Kana | |||||||||||
| タイトル | ||||||||||||
| タイトル | Plato on the Snares of Virtue Theory | |||||||||||
| 言語 | en | |||||||||||
| 言語 | ||||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||||
| キーワード | ||||||||||||
| 主題 | プラトン, アレテー, 善と悪の知, ソクラテス, 正義論 | |||||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||||
| 著者 |
篠崎, 榮
× 篠崎, 榮
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| 内容記述 | ||||||||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||||||||
| 内容記述 | この論文で扱うのは、プラトンの『国家』篇にいたる初期対話篇群を総じてどのように読むかという問題である。第一部では、アレテー(徳)を探求するプラトンの初期対話篇のいくつかで語られる<善と悪の知>という表現が正確には何を意味しているのかを考える。つまり、アレテーの発揮は専門技術知との類比が効かなくなる場面でのことだが、そこでの<知>とは何なのか。第二部では、正義と呼ばれる徳をめぐるプラトンの思考がソクラテス的問いからの必然的な帰結ではないことを示して、プラトンの正義論が逸したものが何であったかを見て、正義とはいかなる価値なのかを考えたい。 | |||||||||||
| 書誌情報 |
ja : 文学部論叢 巻 75, p. 111-134, 発行年 2002-03-20 |
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| ISSN | ||||||||||||
| 収録物識別子 | 0388-7073 | |||||||||||
| NCID | ||||||||||||
| 収録物識別子タイプ | NCID | |||||||||||
| 収録物識別子 | AN0022154X | |||||||||||
| 著者版フラグ | ||||||||||||
| 出版タイプ | VoR | |||||||||||
| 出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||||||||
| 日本十進分類法 | ||||||||||||
| 主題Scheme | NDC | |||||||||||
| 主題 | 131.3 | |||||||||||
| 出版者 | ||||||||||||
| 出版者 | 熊本大学 | |||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||||